大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和29年(け)23号 決定 1955年1月24日

異議申立人 控訴人 佐藤文好の弁護人 松永東 柴田勝

主文

本件異議の申立を棄却する。

理由

本件異議申立の理由は、弁護人松永東、同柴田勝共同作成の決定に対する異議申立書と題する別紙書面の通りであるから、当裁判所は次のように判断する。

第一点について。

憲法第三十七条第三項前段の弁護人を依頼する権利は被告人が自ら行使すべきもので、裁判所が被告人のため積極的に弁護人を附すべき義務を課したものではなく、裁判所は被告人にこの権利を行使する機会を与えその行使を妨げなければ足りるものと解するを相当とし、また同条項後段の規定を受けついだ刑事訴訟法第三十六条は被告人が貧困その他の事由により弁護人を選任することができないときは、裁判所はその請求により被告人のため弁護人を附しなければならないと規定しているのであつて、被告人より請求がなくても裁判所は常に必ず弁護人を選任しなければならないものではない。

尤も刑事訴訟法第二百八十九条のいわゆる必要的弁護の事件については弁護人がなければ開廷することができないのであり、控訴審では被告人のためにする弁論は弁護人でなければこれをすることができないのであつて、被告人から控訴趣意書が提出された場合には、被告人が自ら弁護人を選任せず且国選弁護人の選任を請求しなくても、公判開廷のために裁判所は職権で弁護人を選任しなければならないのであるから、かかる場合弁護人をして単に被告人提出の控訴趣意書に基き弁論させるだけでなく、弁護人が控訴趣意書を提出し得る余裕をおいて弁護人を選任し、被告人提出の控訴趣意書とは別個に弁護人独自の控訴趣意書を提出させ又は更に一歩を進めて被告人から控訴趣意書を提出しなくても弁護人に控訴趣意書を提出させる機会を与えることが望ましい措置であるようにも考えられるが、一方新刑事訴訟法における控訴審の構造は事後審であるが純然たる法律審ではなく、法律審であると同時に事実審たる性格を有し、控訴理由については法律上種々の制限はあるが、通常最も多く見られる事実誤認又は量刑不当の主張については、控訴趣意書は必らずしも弁護人でなければ作成することができないものでもなく、裁判所は控訴趣意書に包含されない事項であつても控訴理由となし得る事由については職権で調査をすることもできるのであり、また一旦控訴の申立をしたが控訴を維持する意思がないため、控訴趣意書を提出しない場合があることも考えられるし、国選弁護人に関する費用は訴訟費用として被告人にその負担を命ぜられることもあるのであるから、被告人から弁護人選任の請求がなく且被告人から控訴趣意書の提出がなくても常に裁判所は職権で弁護人を選任し、弁護人に控訴を維持する意思がないため、控訴趣意書を提出しない場合があることも考えられるし、国選弁護人に関する費用は訴訟費用として被告人にその負担を命ぜられることもあるのであるから、被告人から弁護人選任の請求がなく且被告人から控訴趣意書の提出がなくても常に裁判所は職権で弁護人を選任し、弁護人に控訴趣意書差出期日を通知しなければならないという所論にはすみやかに賛成し難い。

本件は必要的弁護の事件であるが、記録によれば、被告人は裁判所より弁護人を選任することができる旨及び貧困その他の事由によつて弁護人を選任することができないときは、裁判所に弁護人の選任を請求することができる旨の通知を受けながら、自ら弁護人を選任せず且裁判所に対し弁護人の選任を請求しなかつたことが明らかであるから、裁判所が積極的に職権で弁護人を選任し控訴趣意書差出期日の通知をしなかつたことを以て直ちに違法な措置ということはできない。尚弁護人は控訴趣意書差出期日を徒過することが如何に重大な意義を有するかの弁識のない被告人に過大な責任を負わしめることは失当であると主張するが、記録編綴の控訴趣意書差出期日通知書の控によると、当裁判所第十一刑事部裁判所書記官安富利和は被告人に対し控訴趣意書を指定日までに差し出さないと控訴は棄却されることになる旨を附記して控訴趣意書差出期日を通知したことが明らかで、被告人は控訴趣意書差出期日を徒過することが如何に重大な意義を有するかを認識していたものと認められるから右主張は理由がない。

(その他の決定理由は省略する。)

然らば被告人は刑事訴訟法第三百七十六条第一項同規則第二百三十六条に定める期間内に控訴趣意書を差し出さないものとして、同法第三百八十六条第一項第一号により本件控訴を棄却した原決定は正当であつて、本件異議の申立は理由がないからこれを棄却すべきものとして主文の通り決定する。

(裁判長判事 小中公毅 判事 工藤慎吉 判事 渡辺辰吉)

異議申立の理由

第一点東京高等裁判所第十一刑事部は被告人佐藤文好に対し賭場開張図利被告事件に昭和二十九年七月二十八日東京地方裁判所が云渡した判決に対し控訴申立があつたが、刑事訴訟法第三七六条第一項同規則第二三六条所定の期間内に控訴趣意書の提出がないから、刑事訴訟法第三八六条第一項第一号により控訴棄却をなしたものである。

而して本件に於ては被告人に対し弁護人選任に関する通知書及び控訴趣意書差出期日通知書を送達したのみで裁判所で国選弁護人選任手続を採ることなく被告人が控訴趣意書を所定期間内に提出しなかつたとの形式的理由に依り控訴棄却の決定をなしたものであるが一体刑事訴訟法第三八六条の書面審理に依る控訴棄却を認めることに付いては立法論として批難がある処であり控訴趣意書の作成は国選弁護人又は私選弁護人が作成すべきものとの規則はないが控訴審が事後審であると同時に法律審としての構造を有する点から考えると刑事訴訟法の精神は控訴趣意書は弁護人が作成すべきことを当然予想したものである。

本件の場合被告人が弁護人選任に関する通知を受けて何等の回答をしない場合は裁判所は積極的に国選弁護人を附して予め被告人のみならず国選弁護人にも控訴趣意書差出期日を通知して被告人の防禦権の行使に遺憾なからしめる処置を構ずべき義務あるものと謂はねばならぬ。若し然らずとすれば憲法第三七条第三項の規定に応じて設けられた刑事訴訟法第三六条の国選弁護人制度は根底から覆るものと謂はねばならぬ。

依つて憲法第三七条第三項及び刑事訴訟法第三六条の趣意と刑事訴訟法第三八六条の趣意とを比較すれば原決定が何等国選弁護人を選任することなく控訴趣意書差出期日を徒過することが如何なる重大な意義を有するかの弁識のない被告人に過大なる責任を負はしめることは失当であるものと信ずる。

(その他の申立理由は省略する。)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例